税務調査なんて怖くない⑥

 顧問先のカラオケスナックに税務調査が入った。通常、任意調査の場合には事前に税理士事務所に電話が入り、日程などを調整してから実施するのであるが、現金商売、特に水商売などには抜き打ちで入る場合がある。
 経営者でもあるスナックのママが前日の売上を銀行に預けるために店に行ったところ、税務署員が2人で待っていたそうである。
 私の携帯にママから電話が入り、税務署員に代わってもらった。現金の保管状況だけ確認したらその日は帰る、というので承諾した。
 開店直前に店に行った。ママに様子を尋ねた。年配と若い署員が2人で来ていて、昨日の売上伝票と手提げ金庫の中味を照合したのだそうだ。結果は、もちろんピッタリ合っていたという。さらに若い税務署員が一週間くらい前に事前準備のため同僚と2人で飲みに来たらしく、その時の売上伝票を見せて欲しいと言われたので提示したら、確認してそのまま帰ったそうである。
「ウチの店に一見(いちげん)で坊や2人でくるなんて珍しいでしょ? もしかして税務署の人かもしれないと思って、その伝票しっかり取っておいたのよ。お手柄でしょ、フフフ…」
 たしかに一見さんが入れる雰囲気の店ではない。しかし、税務署員かもしれないからちゃんと取っておいたということは、いつもは何枚か抜いているのか?
 スナックの売上はお客さん1組ごとに1枚の伝票に飲食代やカラオケ代、ホステスの指名料などを記入して、日ごとにホチキスでとめる。そして1カ月分をまとめてウチの事務所で入力している。何も照合できるものはないから、もし毎日数枚ずつ抜かれていたとしてもわからない。だから今回のように抜き打ちで調査が入るのだ。
 数日後、半日だけの帳簿の調査に立ち会った。
昔、銀座のクラブのNo1ホステスだったというだけあって、ママの客あしらいはうまい。いくつか指摘は受けたが、修正申告はしなくて済んだ。
「今度はお客様としてお越しください。お待ちしております」。和服姿できれいに髪をセットしたママが深々と頭を下げて税務署員を見送った。

(プチ解説)

 それから3年ほどして、ママが入院しました。喉頭がんでした。
 1人で女性の個室に見舞いに行くわけにもいかないので、チイママに同行してもらいました。
 当時、ママは還暦を迎えたばかり。銀座に勤めていた頃はバブルの全盛期だったそうです。「自分でガンガン飲んでお客さんに高いボトルを入れさせたツケね。私もう声が出ないからお店どうしようかしら…」
 帰りにチイママに店を継ぐ気があるか、聞いてみました。
「野口先生が面倒みてくれるなら、考えてもいいけど…」
 会計処理の面倒はみられても、経営の面倒まではみられない。客の入りが悪くてもホステスさんの給料や家賃を支払わなければなりません。水商売にはかなりの資金力が必要です。
 ママにはご主人はいませんが、成人して保育士をしている1人娘がいます。子どもの相手はできても酔客の相手は無理そうです。
 ママと娘と話し合って、その年いっぱいで店はたたみました。
 クラブやスナックはママの魅力や経営手腕、資金力に負うところが大きく、他の業種に比べて事業承継が難しいのです。

執筆者紹介 

【名前】
野口 義幸(のぐち よしゆき) 

【取得資格等】
事業承継士、中小企業診断士、1級ファイナンシャルプランニング技能士  

【自己紹介】
大手流通企業2社で、販売促進、営業、経営企画室長、総務課長を歴任。また、マネジメントゲームとパソコンを活用したセミナーの講師として延べ2,000人以上の経営管理者教育を実施。現在は都内の会計事務所に所属し、財務会計指導を中心に法人の経営コンサルティング、個人のライフプランニング等を行っている。また、ジャズドラマーとして定期的に都内のライブハウスに出演している。 

 

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