税務調査なんて怖くない⑤

 顧問先の歯科医院に税務調査が入った。法人化はしていない個人事業である。
 医師は事業主とその息子、歯科衛生士2名と歯科助手、受付と青色専従者の奥さんの従業員6人を抱えている。経理は奥さんが担当しているが、きちんと帳簿をつけ、3カ月に一度資料を預かり、うちの事務所で入力している。
 インプラントなどの自費収入は消費税の課税対象、社会保険収入は非課税なので、消費税は一括比例配分方式で申告するが、それも適正に処理している自信があった。
 私が担当してから初めての調査であったが、定期巡回調査だと思いタカをくくっていた。

 個人課税部門の上席調査官が1人でやってきた。2日間の約束である。
 初日はお決まりの経営概況の説明と総勘定元帳のチェックだったが、調査官は雑収入ばかり5年分見ていた。
 翌日、調査官が奥さんに言った。
 「すみませんが、ご自宅の金庫と銀行の貸金庫を借りていたら見せていただけませんか?」

 多くの調査に立ち会ってきたが、銀行の貸金庫の中を見せてくれと言われたのは初めてである。
 午前中に自宅の金庫の中を見せ、午後から奥さんと3人で銀行に赴き貸金庫の中を見せた。不動産の権利書と貴金属が入っていた。

 調査員:「この金のインゴットはどうしたのですか?」

 奥さん:「はい、○○という会社からもらいました」

 調査員:「承知いたしました」

 そして医院の応接間に戻ると調査官が説明した。要約すると次の通りである。
 
 歯の治療をしていると詰めた金や抜いた歯などの廃棄物がでる。それを回収する業者があり、それが奥さんの言った○○という会社である。廃棄料を支払うが、その中に含まれている金は保管してくれて、100グラム貯まるとインゴットにしてくれるのである。
 金属の切り屑などを売却した場合には現金でくれるので雑収入として計上できるが、金のインゴットをもらった場合には帳簿に記載することができないので、私も把握できない。
 今回は○○という廃棄物回収業者に調査が入り、その反面調査だったようだ。

 「どうやって修正申告すればいいですか?」と尋ねた。
 「そうですねぇ、金の相場を調べて円換算して、申告してください」

 税務調査が入った日とインゴットをもらった日(2回)の金の価格を調べ、インゴットをもらった日の価格で円換算して修正申告をした。
 その後、金の価格は上昇したので、けっこうな含み益が生じている。

(プチ解説)

 この調査から約3年後、父親が70歳になったのを機に40歳の息子に事業を承継しました。
 法人に比べて個人の事業承継は株がないので簡単です。
 息子が事業の開始届を提出し、父親が事業の廃止届を出すだけです。医療機器は簿価ではなく、業者に査定してもらい、再調達価格で息子が父親から買い取り、賃貸借契約を締結して息子は父親に家賃を支払っています。
 事業主となった息子は給与所得者から事業所得者へ、父親は事業所得者から不動産所得と給与所得と雑所得(年金)を申告するようになりました。

執筆者紹介 

【名前】
野口 義幸(のぐち よしゆき) 

【取得資格等】
事業承継士、中小企業診断士、1級ファイナンシャルプランニング技能士  

【自己紹介】
大手流通企業2社で、販売促進、営業、経営企画室長、総務課長を歴任。また、マネジメントゲームとパソコンを活用したセミナーの講師として延べ2,000人以上の経営管理者教育を実施。現在は都内の会計事務所に所属し、財務会計指導を中心に法人の経営コンサルティング、個人のライフプランニング等を行っている。また、ジャズドラマーとして定期的に都内のライブハウスに出演している。 

 

現場における事業者様への支援については、様々な進め方があります。
このブログでは個々の会員の体験に基づいたお話をお伝えしております。